文芸ファンタジー×ヒューマンドラマ

掌・短編集
AI共作 短文集

風裂の丘、黒刃の影 With Cpilot

 砂埃の舞う訓練場の端で、フレデリックは木剣を握ったまま動けずにいた。

 腕は震え、足は地面に縫い付けられたように重い。

 周囲では、彼よりも年上ばかりの騎兵たちが剣を振るい、怒号と笑い声を上げている。

 あの集団に、混ざりに行くことができない。無力な自分が手合わせを願えば、相手の時間が無駄になる。

「まぁた突っ立ってるのかよ、坊っちゃんは」

 背後から聞こえた嘲りに、フレデリックは返事もできなかった。悔しさよりも、ただ“怖い”という感情が胸を占めていた。

 なぜ、おれはここにいるのだろうか。

 こんな立場になることを望んでなどいなかった。ただ、隣国に――、それができないなら、あの紫陽花の城の自室に籠もって、魔導を学んでいるだけで良かった。

 たとえ、なんの役に立たずとも、こうしてお前の居場所はここではないと日々言われ続けるくらいなら。

 ……役立たず。

 おれだって分かってる。おれが一番わかってるよ。

 言い返す価値もない、反論ですらないただの癇癪を起こしそうになるのを、ただ耐え続けた。

     ***

「……あの剣士」

 近衛騎兵長が低く呟いた。

 王の周囲に立つ近衛たちは剣に手をかけたまま、平原を見下ろしている。

 フレデリックの喉はひどく渇いていた。

 リラで学んだとはいえ、未だ自分は無力な存在で、王のそばに立つには到底ふさわしくないのに。

 その王に「ここで見ていなさい」と言われた。その言葉の裏にある意図は理解しているつもりだ。

――戦いを“知れ”。

 視線の先の光景に、フレデリックは息を呑んだ。

 右翼前線、隊列が崩れかけている。

 長身の、黒きローブに身を包んだ戦士。彼は黒き剣を薙ぎ、馬の脚を切り飛ばした。

 それは、有象無象とも言えるフォルマの兵士たちとは、明らかに気配の異なる姿。王国で最も優れた騎馬兵の列に、身一つで、死を歓迎しているかのように飛び込んでいく。

 馬の背から投げ出された騎兵の頭上に、馬の血を吸って輝く黒き刃が、無情に振り下ろされようとしている。

 あらぬ方向に折れ曲がった脚。だが決して戦意を失うことなく、軽騎兵は細い剣で大剣をいなすべく構える。

 そんなの無理だ。

 フレデリックでも分かった。否、フレデリックだからそう思ったのかもしれない。

 実際には、もしかしたら、あの軽騎兵は細いレイピアで大剣をいなせたのかもしれない。

 怖かったのだ。あの黒い剣が、ただ恐ろしかった。

 フレデリックの体は前に出ていた。

「フレッド!」

 呼び止める声を振り払う。

 指先に魔力が集まり、胸の奥で何かが弾ける。

――風よ!

 弾けた光は鋭い風となって地を走った。

 大剣の戦士の足元が裂ける。風の刃をかわした戦士の重い刃は、落馬した騎兵の頭上に振り下ろされることはなかった。

 駆けてきた別の騎兵に拾われ、負傷兵は戦線を離脱した。

 丘の上に静寂が落ちる。

 フレデリックは息を切らしながら、震える手を見つめた。心臓が、おそろしく速く拍動していた。

「やるじゃねえか」

 フレデリックより背の低い、だが彼よりもずっと力の強い近衛が笑い、フレデリックの肩を軽く叩いた。

 その手はやはり、フレデリックとは比較にならないほど厚く、大きかった。

 フレデリックは顔を上げる。

 ルートヴィヒが彼を見ていた。

 その表情は――やはり読めない。叱責も、称賛もない。

 ただ、静かに彼を見ているだけ。

 だがそれは“否定ではない”と、フレデリックには分かった。

 風が吹き、戦場の匂いが丘の上まで届く。

――おれは、ここにいていいのだろうか。

 その問いに答えるように、近衛の男がもう一度、強く肩を叩いた。

「よくやった。お前の魔導術で救われた命がある。誇れよ」

 近衛の男の言葉には、ここを去った友、かつての仲間を想う熱が宿っていた。

 フレデリックはかろうじて、小さく頷いた。震えが止まらない。

 だが、胸の奥には、小さな炎がたしかに灯った。


黄金の夜 With Gemini

 聖都エラドは、底知れぬ夜の中にあった。

 数ヶ月に及ぶ常夜の期間、この都に太陽ソールの光は降り注ぐことなく、魔導の灯と、そして信仰という名の熱病がなお一層蔓延はびこる。

 アクセル・アクスリーは、黄金に煌めく大聖堂の片隅で、熱に浮かされることなく冷え切っていた。

 高く並んだ模様細工の硝子窓からは、夜を引き裂く魔導の輝きが差し込み、床に豪奢な光を落としている。ファーリーンの実直な石造りの城とは違う。ここは、アルディスの帝都リラにどこか似た、異界だった。

 十二の階段の頂、聖壇に立つその姿を仰ぎ見ていたアクセルは、隣に黒い司祭がやってきたことを悟るなり、乾燥しきった笑みを見せた。

「あの“娘”は何だ」

 傍らに立った男、ノックスに問う。

「娘?」

「こやつら、なぜ彼女を『アロイス』などと男の名で呼んでいるのだ」

 聖壇を仰ぐ、光熱に頭を焼かれたらしい聖皇教の導師らを冷ややかに横目にして尋ねれば、その導師の一人であるノックスが妖しく笑う。

「あなたには、あの子が女に見えるのですね」

 黒き司祭の、人を試しからかうような態度にも随分と慣れたアクセルは、鼻を鳴らした。

「男の装いなわけでもないものを……。それとも『聖皇』を名乗る者は、『アロイス』も名乗らねばならぬしきたりなのか」

「不思議ですこと。皆には男に見えているのに」

「ならば、私がおかしいのか」

「どうでしょう。私にも娘に見えますよ。遠い昔に私を頼ってくれた、とある少年によく似た少女」

 “少女”と呼んだ女に向けられたノックスの赫い視線は、過去を慈しむような気配をまとっていた。しかしアクセルにしてみれば、その慈愛の情を乗せたふうな眼差しが、真実、過去に別段特別な価値を見いだしているようには感じられなかった。

「少女と呼ぶ年齢でもなさそうだがな」

「はて。十も二十も、さほど違わないでしょうに」

 どうやらアクセルが思うよりも随分と長く生きているらしいノックスは、人の営みにおける時間の価値を、大層なものと認めていないようだ。

 アクセルは冷めた視線を高座へ返した。あの女もまた、この世の理から外れてしまったらしい。人のくせに、長く生き過ぎた結果か。あるいは、彼女もまたノックスと同類の、人の形をしただけの化物なのだろうか。

「失った片割れを求めているのですよ」

「アロイスの片割れか。己の姿に兄だか弟だかを重ねている、と」

「ええ」

 滑稽な光景だ。だが――と、アクセルの口元が歪んだ。

 辱めの中で自ら命を絶った娘が、天上の国アルビオンに迎えられることだけを願って捧げた祈り。それを一度として聞き届けるさまを示さなかった「帝国の神」の沈黙に比べれば、この集団幻覚の方がよほど救いがあるやもしれぬ。

「憐れんでやってはくれませんか」

 ノックスは、いつになく沈んだように聞こえる声音で、アクセルに乞うた。

 アクセルにとって、相も変わらず黒尽くめの、便宜上男のなりをしているだけの化物が、本心より人を憐れむことができるのか、そもそも憐れんでやりたいという思い自体を持つものなのか、全く知れたものではなかった。今や知りたいとも思わない。

「憐れむ心は死んだ」

「そう」

 こうして、あっさりと引き下がるのだから。

 憐れむ心は死んだ。たしかにそのようだ。だが、憎悪を忘れることはない。

 沈黙を貫く神の玉座を叩き壊せるならば、この狂った演劇に一役買うのもやぶさかでない。

 常夜の闇を黄金に染める魔導の光の中で、アクセルは神を呪う心を奮い立たせた。

 沈黙し続ける天上の玉座に、刃を突き刺してやると誓った。

 そのためならば、彼は進んでこの虚像に魂を売る。

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