――黒き血鉄の匂い、隣佇む美しき白――

紫陽花の城
序.ものごころのつきはじめるまで

 おさないころ、曾祖母はいつも、わたしに言って聞かせてきたものだ。

「おまえは、正当なレイス家の血筋をひいている。ガルドスミスはかつて王をたばかり、われわれをおとしいれた。レイス侯爵家のものはことごとく殺されたが、わたしひとりが逃げのびたのだ。味方のいないこの街で、わたしは身分をかくし、細々と生きてきた。

 いいかい、ガルドスミスはレイスの家をうばったのだ。わたしたちこそが、千年間、紫陽花の城に君臨し、この巨大な街をひきいてきた、由緒ただしきレイスの末裔なのだよ。この血をたやしてはならない。そして、あの城をとりもどすのだ。王をだまし、レイスをうばったあの一族を、ゆるしてはならない」

 何度もくりかえし、曾祖母はわたしに語った。相当な年齢で、ちかい記憶がおぼろになりがちで、赤ん坊のように粗相をしたり、それでいて目をはなすと、なにも告げずにどこかにすがたを消してしまうことがある彼女は、いつも母をこまらせていた。だがこの話をするときには、せすじをぴんとのばして、蒼い瞳をぎらつかせて、床に足をつけられない椅子に座ったわたしに、むかっていた。これを語るとき、曾祖母は復讐心に燃える、若いむすめにもどっていたのだろう。

 だが、わたしはその話を、あまり本気にはしていなかった。曾祖母の話を真剣に聞くには、わたしはおさなすぎたのだと思う。わたしが四歳のとき、彼女は亡くなった。

 母とのふたり暮らしとなったが、まもなく、母もまた病にたおれた。たったひとりで、おさな子と老人の世話をしつづけ、それでいて、カネをかせぐためにはたらきにでていた彼女が、体をこわすのは当然だったろうと思う。やがて、彼女も亡くなった。

 教会の孤児院からむかえがきて、わたしはひきとられた。修道士に手をひかれ、はなれゆく生家をふりかえると、それはあまりにもちいさく、ぼろだった。

 わたしは孤児院ですごしはじめたけれど、その生活もたったの数か月でおわった。わたしは曾祖母の話で何度も耳にした、紫陽花の城へとやってきたのだ。レイスの当主となったばかりの、わたしが憎むべき、ガルドスミスのリチャードさまにつれられて。五歳のときだった。

 かれはやさしかった。うしろになでつけた亜麻色の髪と、ながくまっすぐにとおった鼻筋が印象的なかれは、すきとおる緑の瞳をほそめ、「ここが、あたらしい家だよ」と、紫陽花の咲きみだれる、ひろい庭園のなかに建つ館をさして、言った。

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